
【複雑系思考】のセンス。
| 第4回目の投稿:2000-11-21 |
MUSEさん、[from50]の皆様、お早うございます。 Poesieです。 “ジャーーーン♪”で出てきました。ど〜ら? 長文になります。遠慮なく。 ----- Original Message ----- 送信者 : MUSE <muse@symphonica.net> 宛先 : <from50@egroups.co.jp> 送信日時 : 2000年11月21日 1:08 件名 : [from50] [趣味]ポエジーさんへ > MUSEです > > 揺らぎの世界の話しがたいへん気になるMUSEです。 > MUSEは既成概念と固定観念で方がこり始めています。 > ぼちぼち教えて下さいませんか。 > 生きている内に聞いておきたいです。 > 長文で結構です。(^^) その方がよく分かる。 > > では鳴らします。”ジャーーーン♪” > > 読んでくれるといいんですが。。。 ■◎◎■ 昨夜の自民党・剣劇ショーへの冷ややかな気分を 引きずっています。そのせいか、論旨が少し揺らいで しまうかも知れません。へば! Here we go !! _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ |
第1節 砂の山 -------------------- 水平の板を用意して下さい。ここに上から砂粒をでたらめに落とし続けます。そうするといずれ砂の山が出来上がっていきますね。この時一つの砂粒に注目すると、 (1)いつも回りのいくつかの砂粒と接している、 (2)さらに個々の砂粒同士が局所的なネットワークを作っている、 (3)そしてその局所ネットワークは時間と共にダイナミックに変わっていく、 ということが読みとれるはずです。 さらに砂粒を落とし続けると、時々砂粒がまとまって「なだれ現象」を起こして、崩れ落ちたりしだします。その雪崩(なだれ)の大きさは時に大きかったり小さかったりして、一定していません。 まだまだ落とし続けましょう。そうするうちに、なだれ現象を伴いながらも、いずれ一定の傾斜(富士山のフォルム)を持った砂の山が出来上がってきますね。これを「動的な均衡状態」と呼ぶことにしましょうか。 砂粒をさらに落とし続けると、その間にも様々な大きさのなだれが生じます。そしてなだれが起きたあと、また砂の山は一定の傾斜を保っている。こうして辿り着いた「動的な状態」が、【自己組織臨界状態】というわけです。 次の実験。乾いた砂に水をかけてみて下さい。子供の時のお砂場遊びの経験からもお解りのように、濡れた状態の砂で作る山はもっと急な傾斜になっていきます。そして乾いた砂の山よりも急ですがやはり一定の勾配のところで、様々な規模のなだれを起こしながらも、山の傾斜はそのままであるという状態に辿り着きます。 このようにして条件をさまざまに変えてみても、砂粒のマクロな集まりは同じ状態に辿り着く。 「これは砂粒の集まりに限らない、もっと普遍的な状態なのではないか。」 複雑系の発想では、こう考えて、この状態に自己組織臨界状態という名前を与えたのです。 ************************** |
第2節 砂の大地 -------------------- 複雑系は変化しながら、いずれある普遍的な状態に落ち着く。その落ち着いた先の状態(自己組織臨界状態)では、固有の時間のスケールも、固有の空間のスケールもなく、そのためにどのような時間の長さの変化も起き得るし、どのような大きさの空間の広がりの変化も起きることが可能になるのです。 そしてミクロな変化が容易にマクロな変化に広がっていく。複雑系に内在する仕組みによって、小さな変化が“ひんぱんに”起き、まれに大きな変化が起きる。 以前の投稿でお話しさせていただいたように、これはちょうど、氷から水に「相転移」が起きているまさにそのただ中の状態に似ています。相転移点では、様々な大きさの「ゆらぎ」が生まれ、ミクロな変化が容易にマクロな変化に広がっていきます。 相転移が起きているときを臨界状態と呼びますが、自己組織臨界状態の理論は、相転移のような状態がもっと広い範囲で起きていることを主張しているのです。 相転移は、環境の変化が摂氏0度になるというように 、「環境の変化」によって引き起こされますが、自己組織臨界状態は環境の変化ではなくて、システムの内部のダイナミックスによって、内生的に引き起こされます。 ・木を要素とする森が引き起こす山火事、 ・車を要素とする交通が引き起こす交通渋滞、 ・企業と消費者を要素とする部品と製品の調達のネットワークが引き起こす在庫の変化、 これらが示す自己組織臨界状態については、それぞれまったく別々のシミュレーションの結果、さきほどの砂の山と同様の結果に辿り着きました。 それではここで、この理論を消費者のミクロな消費活動がマクロになっていく過程に応用してみましょうか。 それぞれの消費者の日々の消費活動が一つの砂粒に当たります。消費者は沢山いますから、沢山の消費活動の砂粒が重ね合わされて大きな砂の山となる。砂粒が局所的なネットワークを作っていたように、消費者の消費活動も家族や会社や趣味のサークルなどの、局所的なネットワークを作っていますね。そしてそのネットワークは、砂粒の場合よりも幾重にも重層的といえるでしょう。 そうすると砂の山というよりも、砂粒が縦にも横にもつながった2次元の広がりをイメージした方がよいかも知れません。そこで砂の山ではなくて、「砂の大地」と呼ぶことにしましょう。 さらに消費者は消費によって日々、生命を再生産しています。消費活動は、日々、新たなのです。そうすると毎日、消費活動が砂の大地に加えられては、また毎日、砂の大地から滑り落ちていく。だからこの砂の大地は、毎日その状態を変えていくことになります。そこで辿り着くのが自己組織臨界状態です。 こうして消費活動の重ね合わせが消費のマクロな大地を作って、このマクロな大地が複雑系としての自己組織臨界状態を示すことになります。 その大地は、消費者の好みや価値観などに始まるミクロな消費活動を基礎にしながら、そこには還元できないような(砂の山の傾斜に対応した)マクロな性質を持ってくると考えます。これが消費社会といわれるものに対応している。 この状態では、常に小さな変化がおき、時に大きな変化が起きます。そしてどのような変化が実際に起きるかは、原理的に予測はできません。ただ変化の大きさについての分布が予測できるだけです。 ************************** |
第3節 予測? -------------------- このようにマクロな消費が示す複雑系としての状態は、予測できないという面からは私たちを不安にしてしまいます。しかしそれだけではありません。私たちに希望も与えてくれるのです。目の前の消費社会がいかに堅固に見えていても、常に小さな変動をしていて、いつか根本的な変動をするはずだ、と複雑系の理論は教えてくれているのですから。 たとえば、使い捨て型の消費社会はまったく堅固で、簡単には変わらないように見えますが、地球環境の悪化が一つの引き金になって、思いがけない仕方で循環型の経済に大きく切り替わっていくことも可能なのかも知れません。 この時、環境の悪化が経済を変えていく、という単純な捉え方では本質を理解できないし、現実的な見通しも立っては来ません。そうではなくて、消費者の消費活動の局所的なネットワークが多重に重なってマクロな消費を生み出しているというように、マクロな消費が複雑系だからこそ、消費社会も「突然に」大きく変化し得るのです。 具体例としては、皆さんよくご存じの環境ホルモン(内分泌攪乱化学物質)をめぐって、すでに起きています。環境ホルモンの存在が一般に知れるようになったのはわずか数年前。ところが今では、すべての消費者が環境ホルモンに関心を持ち、特にその代表格であるダイオキシンを気にしています。 食品や食器に許容量以上のダイオキシンが含まれていることがわかると、消費者に見向きもされなくなるのが現状。国や自治体もダイオキシン汚染の検査をようやく公表するようになりましたが、これもぐずぐず公表をためらっていると大問題になるご時世になったからです。ここにも消費社会の急速な変化が見て取れます。 ************************** |
第4節 温度を上げよう! --------------------------- 今の日本、何をやってもダメですねぇ。昨夜の「自民党」:健康ランドの剣劇ショーみたような(笑)。−−経済も沈滞、政治は「人滞」−−様々な分析がなされていますが、要するに、日本人の多くは、企業も社会もそして個人も気弱。。。ということ。つまり、自分自身の温度を自分で下げてしまっているといえるのではないでしょうか? ここで再び「相転移」。たとえば磁力を持っている鉄の温度を上げていくと、ある温度以上で突然、磁力がなくなってしまいます。 温度を下げていくと、また磁力が戻る。これが相転移。あるいはまた、氷の温度を上げていけば、摂氏0度を超えると水になりますね。これもまた相転移。 このように磁石や氷の相転移というのは、物質を取り巻く環境の温度を変えていくことで起きます。物質の方はあくまでも受け身なのです。ところが私たちの社会は、社会の温度そのものを私たち自身が作っているのです。 この視点で米国を見ると、米国は見事に自分自身で温度を上げることに成功しました。80年代の沈滞から、90年代に入って、Multimediaとか、InternetやDigitalの新しい時代が始まったということで、企業がどんどん積極的に投資をして、それが引き金になって新しい商品を買う人が続々と増え続けて・・・。大統領選の先行き不透明や、過熱したIT関連株暴落などで、経済面では今大きな節目を迎えているにせよ。 このように、社会と自然の違いは、自然は外からしか温度を変えられないけれど、社会の方は、皆が前向きになり、「21世紀は面白いことになりそうだ!」、それなら何か新しいことにチャレンジしていこう、という主体的な動きで変えていくことができるところです。自然は受け身ですが、社会は能動的なのです。 政府や自治体の政策も、相転移の理論を社会に応用していく、といった複雑系の視点で工夫していくと、随分と違ってくるはず。「21世紀は面白い!」という意識を共有して、社会の温度を上げることがポイントだといえます。これに一番効果的なのは、「これまでとは違ったことが起こりそうだ!?」と社会の多くの人が期待感を持てる政策を打ち出すべき時なのです。 米国の情報スーパーハイウェイ構想は、米国の人達に時代が面白くなりそうだという大いなる期待感を与えたからこそ、ビッグバンも起こせたのだと。米国が情報産業をコアにして、自ら低い温度を上げていって辿り着いた今の活気溢れる状態は、まさに「社会の温度を上げていくことで、能動的に社会を相転移の状態にまで持っていく」恰好の例となっています。 皆がおっかなビックリの日本の現状−−自分で自分の温度を下げているのです。社会の相転移は、外から決められて温度を上げることは決してできないと、知るべしです。社会の中の人達のやりとりそのもので《そのものだけで、ともっと軽快に考えてもいいのです》温度が決まっていくのです。一言で言えば、皆がそう思えばそうなる、ということです。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ |
今日は、ここまで。 最後に、Poesieのこの長文に辟易された方、何を分かり切ったことを偉そうに!と反撥の念を持たれた方、初めて接する方たちに: Poesieは、学者でも、評論家でも、あるいはそれらの似非でもありません。実践者・実行者を志向して、日々「寅サン」しながら細々と生計を支えている零細企業のオッサン経営者です。趣味は宇宙旅行、故郷が木星というだけです。為念。 That's all for today. See you and listen to me again ! By Poesie |
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