睡眠相後退症候群DSPS


概日リズム睡眠障害の中で最も数多く見られ、最近とみにその出現頻度が増加の一途を辿っているのが、睡眼相後退症候群Delayed sleep phase syndrome;DSPS)と呼ばれるものです。

1.症状と診断

 DSPSは、夜なかなか寝つかれず、朝はなかなか起きられないという、いわゆる“宵っ張りの朝寝坊”の極端なものであり、1981年にWeitzmanらによって提唱された疾患とされています。

 最も多いのが、通常夜中の2時から朝の6時頃まで眠れず、そのため朝にはまったく起きられなくなるというパターン。一旦眠ると普通に眠れるが、その眠る時間帯が社会のリズムとずれているために社会適応が困難になります。

 このずれた睡眠時間帯のままでも全く自由に生活できる環境の場合には、問題はないが、学校や会社に通うという社会的要請がある場合には適応するのが難しくなります。つまり、遅れている睡眠時間を矯正することが困難なため、遅刻や欠席が多く、また日中に強い眠気に襲われたり、授業や勤務に集中できないといった障害がおこるわけです。無理して社会のリズムに合わせようとして、逆に大きく睡眠のリズムを乱すこともあり、このように社会に適応できない状態が続くと二次的に抑うつ状態となることもあります。

 不眠患者の5-10%がDSPSといわれており、思春期での発病率がもっとも高く、性による差および遺伝の様式についてはまだ明らかにされていません。典型的なDSPS患者は発病前から夜型人間の傾向が強く、性格的には防衛的であるが要求水準が高く、自己中心的な感情を持ちやすいという特徴が指摘されてもいます。



 DSPSの診断には、(1)睡眠日誌2週間から4週間くらい記録することが非常に有用です。睡眠日誌とは、入眠と覚醒の時刻に基づき、毎日の睡眠の時間帯を、棒グラフ状に記していくもので、この記録から睡眠時間帯の遅れなどが確認できます。

 実際に眠っている間の脳波眼球運動筋電図などを記録する(2)睡眠ポリグラム検査も、睡眠の構造を調べるためや鑑別診断に役立ちます。

 このほかリズムの位相を正確に判定するために、(3)体温リズム一週間以上連続して記録することも有用とされています。

 これらの検査は診断にだけでなく、治療効果の判定にも効果的です。

 精神分裂病,躁うつ病,人格障害など多くの精神疾患でも、二次的にDSPSのような状態を呈する場合があるとされているため、こうした精神疾患は十分に鑑別しておかなければいけないと思われます。

1990年に発表された睡眠障害国際分類International classification of sleep disorders;ICSD)によるDSPSの診断基準は次の通りです。
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         【睡眠相後退症候群DSPS)の診断基準】

A.望ましい時刻に入眠または自然に覚醒できないか 、過剰な眠気がある。

.睡眠時間帯が望ましい時刻からみて遅れている。

.症状が少なくとも1ヶ月は続く。

.休暇などで時間的な厳しい制約を受けないときには、患者は以下のようである。
 .睡眠は健全で,睡眠の質と持続時間は正常である。
 .自発的に覚醒する。
 .睡眠時間帯は遅れた状態で24時間周期を保っている。

.少なくとも2週間は睡眠日誌で習慣的な睡眠時間の遅れが認められること。

.習慣的な睡眠時間帯の遅れが以下のような検査で認められること。
 .24時間睡眠ポリグラフ記録または2夜連続の睡眠ポリグラフ記録とその間の睡眠潜時反復検査(MSLT)
 .連続体温記録で体温の最下点が習慣的に後退した睡眠時間帯の後半に出現する。

.入眠困難や過剰な眠気を生じるような他の睡眠障害の診断基準に該当しないこと。
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                 最小限診断基準:A+B+C+D+E


2.病 理(病態生理)

 DSPS患者では、睡眠相だけでなく、深部体温リズムやメラトニンリズムも遅れていることが報告されており、生体リズムが後退したままで固定していて、外部環境に同調できない状態にあると考えられます。

 ヒトの睡眠・覚醒リズムは体内時計によって調節されていますが、その時計の周期は24時間ではなく,約25時間と1時間ほど長いことが知られています。そのため、ヒトは明暗,音,温度,社会環境などの外界の同調因子を無意識のうちに利用して、体内時計を自然の24時間のリズムに合わせています。

 このような同調因子はその与えられるタイミングによって、生体リズムの同調しうる方向と範囲が決まっており、これは位相反応曲線として表わされます。DSPSではこの位相反応曲線に異常があり、その前進反応部分がきわめて狭いため、一度睡眠相が遅れると概日リズムの位相を前進することができなくなるとの仮説が提唱されています。

 睡眠の位相と体温について検討した研究によれば、DSPSではむしろ睡眠相のより早い時期に最低体温が出現しており、最低体温出現時刻から起床までの時間がDSPSでは健常者に比べ長くなっていた。このことから、この研究によれば、DSPSでは最低体温出現時刻の直後にある位相前進反応部分が睡眠によってマスクされるために、この時間に光を浴びたりする機会を失いリズムを前進させられないとの仮説が提唱されています。



 DSPS患者では体温リズムと睡眠・覚醒リズムとが健常者のようにうまく同調していない可能性があることも示唆されています。また、最近の研究によると、DSPS患者の睡眠には徐波睡眠の減少や中途覚醒の増加などの睡眠異常が見られるとされます。これも体温リズムと睡眠・覚醒リズムとが同調していないことにより生じているとすれば説明は可能だと思えます。

 DSPS患者に短期間の光療法を施行し、その前後で睡眠相と体温リズムとの関係を考察する最近の研究によれば、光療法により睡眠相が前進する最低体温時刻が睡眠相の前半部分から後半に移行する場合が少なからずみられたといいます。これはDSPSでは体温リズムと睡眠・覚醒リズムとが同調しておらず、治療により睡眠相が前進すると体温リズムと睡眠相との位相関係も改善するものと考えられますね。さらなる研究に期待したいものです。

 近年、DSPSの病態に関して、睡眠の恒常性維持過程(ホメオスターシス)に何らかの障害がある可能性が指摘されていて、関心を集めています。24時間起き続ける断眠療法を行い、健常者とDSPS患者のsleep propensity(睡眠傾向)の日内変動を測定した結果、健常者では24時間の断眠後に回復睡眠と考えられる数時間のsleep propensityの高まりがみられたのに対して、DSPS患者では断眠後にもかかわらず、このようなsleep propensityの高まりはほとんどみられなかったとされます。

 このことから、DSPS患者では恒常性維持過程による睡眠調節に問題があることを、この研究では提唱しています。これは、DSPS患者では無理して早起きしたり徹夜したりして睡眠不足状態となっても、入眠時刻を早めることが困難であるという現実を裏付けるものであり、非常に興味深いと思われます。

 この他に、DSPSの病態に関して、体内時計の内因性周期が延長している、光などの同調因子に対する感受性が低下しているなどの推測がなされており、こちらの側面からの研究にも成果が待たれます。

  


3.対 策

高照度光療法
 
 最も強力な概日リズムの同調因子である光を利用した治療法であり、人工照明器を用いて高照度光を一定時間照射します。光療法の有効性が最初に確認されたのは,季節性感情障害であるとされています。その後DSPSを含めた概日リズム睡眠障害にも効果があるとの報告がいくつかされています。

 光があたる時刻によってリズムは前進したり後退したりするため、DSPSでは高照度光を早朝に与えることで、後退している位相を前進させます。DSPS患者は早朝の時間帯は眠っていることが多いので、数日間は強制的に起こして治療するか、または1回目は徹夜をさせて行う方法、あるいは後に述べる時間療法と併用する方法もあります。

 一般には、この治療の開始時刻は望ましい起床時間を目安とし、2〜3時間くらい行うが、照明器の0.5〜1.0mの距離に座り、2,500ルクス以上の照度が得られるようにします。この時、深部体温をモニターするようにすれば、治療前の最低体温時刻から位相反応曲線を参考にして、最適な光療法(光線浴)の開始時刻を決めることができるとされています。

     

 ところで、最近(1998年)CampbellとMurphyという研究者により、ヒトが膝の裏光照射を行った場合でも深部体温リズムやメラトニン分泌リズムの位相が変化する、という報告がなされています。これまで光照射の効果は哺乳類では網膜を介してのみ発現すると考えられていたことから、非常に興味深い報告ですが、その機序などについてはまだ不明な点も多く、この結果についてはさらに検討する必要があるのだろうと思われます。



ビタミンB12methylcobalamine

 1983年に非24時間睡眠・覚醒症候群Non24hour sleep-wake syndrome;Non-24)の症例に投与され有効であったことから、概日リズム睡眠障害に対して広く用いられるようになったといわれています。

 わが国で行われた多施設共同研究ではDSPS患者の約3割に奏効したという報告があります。ビタミンB12の睡眠・覚醒リズム障害に対する作用機序としては、ビタミンB12

 @体内時計の光感受性を高めることによって、リズム同調作用を増強すること
 A体内時計の内因性周期を短縮することによって、24時間周期に同調しやすくすること
 B徐波睡眠の増加など睡眠を促進すること、

などの可能性が考えられています。



メラトニン

 ジェット時差症候群に対してメラトニンが有効であったこと(1986年)から、概日リズム睡眠障害の治療に使用されるようになり、有効例の報告が増えつつあるようです。近年、注目されている治療法です。

 メラトニンの作用機序についてはなお解明されていないが、視交叉上核への直接的な位相変化作用、睡眠促進作用あるいは体温低下作用などが示唆されています。

 メラトニン投与による位相反応曲線は光照射の場合と全く逆であり、夜間に投与することによってリズムを前進させますDSPSでは望ましい入眠時刻の3−5時間前に0.5−3mgの比較的少量のメラトニンを経口投与する方法などが行われています。しかし、メラトニンにより位相前進反応を生じる時間帯は非常に狭いことが示唆されており、投与のタイミングや投与量などについてさらなる検討が必要とされています。



ベンゾジアゼピン系薬物

 短時間あるいは超短時間作用型のベンゾジアゼピン系睡眠薬を、希望する就寝時刻の2−4時間前に投与し、睡眠相を前進させようとする方法です。有効例の報告もありますが、軽症のDSPSにしか効果がないともいわれています。

 一方で、夜間にベンゾジアゼピン系睡眠薬のtriazolamを投与し、望ましい起床時間の1時間前に覚醒作用を有するmethylphenidateを服用させるという方法が、睡眠を正常な位相で固定するのにかなり有効であるとの報告もあります。



時間療法

 ヒトの睡眠・覚醒リズムの位相を前進させることは困難であるが、後退させることは比較的容易であることから考案された治療法。入眠時刻を一日に3時間ずつ遅らせていき、睡眠相を望ましい時間帯に固定しようとする方法で、この治療法は一時的には効果がみられることもあるが、効果が持続しないことが多いようです。

 時間療法は、むしろ高照度光療法ビタミンB12などの他の治療と併用することにより有効な場合があるようです


@睡眠相後退症候群               
【実例1】 ← Click Here
  
睡眠相が遅れた状態で慢性的に固定された状態。睡眠は十分に取れているが、定刻に出勤・登校できない。思春期から青年期に発症することが多く、夏休みなどの長い休暇中の昼夜逆転生活、受験勉強などが誘因となります。

A非24時間睡眠・覚醒症候群          
【実例2】 ← Click Here
  
睡眠相が約25時間の周期で毎日約1時間ずつ後退します。睡眠相が定まらないだけに、社会的な不適応が深刻な状態になってしまう場合もあります。

B睡眠相前進症候群               【実例3】 ← Click Here
  
睡眠相が極端に前進した状態です。高齢者に多くみられます。「年寄りは早寝・早起き」といわれる通り、概日リズムの周期が24時間よりも短くなったのが原因と考えられます。
  
<睡眠・覚醒のリズムを整えるために>〜家族の協力〜← Click Here
<冬期うつ病に光療法>〜起床直後の2時間、光を浴びる ← Click Here
<老年期痴呆に光療法> 夜間徘徊に希望の光    ← Click Here
Click Here 参考記事:“睡眠障害治療へ工夫”(京都新聞)
Click Here 参考記事:“睡眠外来の訪問者たち@”「睡眠時無呼吸症候群」(京都新聞)
Click Here 参考記事:“睡眠外来の訪問者たちC”「ナルコレプシー」(京都新聞)
概日リズム睡眠障害の病理と対策へ戻る

 地球上の生命である微生物、植物、動物、そして人類……これらすべての生命現象には約24時間を周期とするリズム、すなわちサーカディアンリズム(概日リズム) Circadian Rhythmがみられます。

 ※ ちなみに、サーカディアンCircadianの語源は、ラテン語の
   サーカ=Circa (about、約) と
ディアン=dian (day、日)です。


 このリズムは、一部は地球の自転によって生ずる昼夜環境に生物が反応した結果として生じますが(外在因性リズム)、大部分は生物に本来備わっている生体リズム(内在因性リズム)が地球の24時間の環境周期に同調した結果として現れるものとされています。

 なお、ヒトの生体リズムには、サーカディアンリズム以外に、1週のリズム1ヵ月のリズム、そして1年のリズムもあることが知られています。


 1972年、哺乳動物のサーカディアンリズムを刻む生物時計(体内時計)が、視床下部の視交叉上核に存在することが明らかにされました。それから四半世紀後の1997年、時計遺伝子がヒトとマウスにおいて単離同定されるに至りました。生体リズム研究は、いまや脳研究の最前線の課題として注目されています。

 一方、1970年代から、時間生物学、すなわち、サーカディアンリズムなどの生体リズム現象を対象に、生物の時間構造を研究し、生体リズムとこれに影響を与える環境の同調因子(光や社会的要因など)との関わりを調べる学問が発展しました。

 これは、医学の諸分野にも影響を与え、のちに時間薬理学時間治療学が誕生するきっかけともなりました。さらに最近では、広く「時間と健康」の問題を研究する立場から、時間医学 chronomedicine という学問も生まれているほどです。

 現代社会は、24時間活動する「24時間社会」へと変化しつつあります。しかし、サーカディアンリズムを正確に刻みつづけるヒトの体内時計と、社会や環境の時計(いわば "体外時計")との間のずれによって精神・身体機能のバランスが崩れてしまうことがもはや無視できない状況にまで立ち至っていると判断されます。さらには、一方で、体内時計そのものがいくらか故障しており、そのために通常の社会や環境に合わせて活動できない人々も数多く発生してきている現実があるのです。

 社会的な認知も、対症療法についても世界の先進国の中でも相当立ち遅れている感のある我が国(米国と比較するとその実態は20年は遅れているようです)においてもようやく近年、このようなサーカディアンリズムと社会生活時間帯とが一致しないために起こる睡眠障害、すなわち「サーカディアンリズム睡眠障害」についての研究が著しく進歩するようになってきたことは嬉しく思います。とともに、このような障害に関連するさまざまな問題について、社会的にももっと注目と正しい理解が、そして何よりこの障害に苦しんでいる多くの(激増中です!)患者さん達への現実的な協力が必要だと思わざるをえません。

                                   2006.12 追記

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